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浦和地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 1999年1月25日

平成八年(行ウ)第九号事件(以下「甲事件」という。)・

甲野太郎(仮名)

・第一三号事件(以下「乙事件」という。)原告(以下「原告」という。)

甲事件被告(以下「被告県教育委員会」という。)

埼玉県総務部公文書センター所長承継人

埼玉県教育委員会

右代表者委員長

藤井均

乙事件被告(以下「被告埼玉県」という。)

埼玉県

右代表者知事

土屋義彦

右被告両名訴訟代理人弁護士

飯塚肇

右被告両名指定代理人

吉田秀文

島嵜祥司

笠原峰親

飯田徹

宮田明

被告県教育委員会指定代理人

大谷幸男

主文

一  被告県教育委員会承継前の埼玉県総務部公文書センター所長が原告に対し平成六年五月一二日付けでした公文第一〇二号の行政情報非公開決定処分を取り消す。

二  被告埼玉県は、原告に対し、金五万円及びこれに対する平成八年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告県教育委員会及び同埼玉県に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲・乙事件を通じて、これを四分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(甲事件について)

一  請求の趣旨

1 埼玉県総務部公文書センター所長が、原告に対し、平成六年五月一二日付けでした公文第一〇二号及び同第一〇三号の各行政情報非公開決定処分を、いずれも取り消す。

2 訴訟費用は、被告県教育委員会の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件について)

一  請求の趣旨

1 被告埼玉県は、原告に対し、二〇万円及びこれに対する平成八年六月二二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告埼玉県の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件について)

一  請求原因

1 当事者

(一) 原告は、埼玉県の住民である。

(二) 高島〓(以下「〓」という。)は、原告の父で、原告が成人に達する平成一〇年八月二五日まで、法定代理人親権者であった。

2 情報公開請求

〓は、原告のためにすることを示して、平成六年四月二八日、承継前の埼玉県総務部公文書センター所長(以下「公文書センター所長」という。)に対し、平成六年三月三一日条例第五号による改正前の埼玉県行政情報公開条例(昭和五七年埼玉県条例第六七号。以下「本件条例」という。)五条一項により、「平成六年度川越西高等学校一般入試における原告(受検番号六八番)にかかる以下の文書」として、<1>調査書の評点(各教科とその合計)、<2>学力検査の得点(各教科とその合計)、<3>選抜において、A、B、Cのどの領域に入っていたかを示すもの及び<4>調査書(以下「本件調査書」という。)の行政情報の公開請求(以下「本件公開請求」という。)を求めた。

3 非公開決定処分

公文書センター所長は、本件公開請求の対象となっている前記<1>ないし<4>の各行政情報のうち、同<2>に該当する行政情報は、「平成六年度埼玉県公立高等学校入学志願者学力検査採点一覧表について(報告)」(平成六年三月七日付け親川越西高第八四号)のうち、原告に係る五教科の得点部分(以下「本件行政情報一」という。)であり、また、同<1>のうち、調査書の評点の各教科合計部分及び同<3>に該当する行政情報は、「平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜における評定等一覧表について(報告)」(平成六年三月七日付け親川越西高第八五号)のうち甲野太郎に係る学習合計及びABC領域部分(以下「本件行政情報二」という。)であるとそれぞれ特定した上で、原告に対し、平成六年五月一二日付けで、自己情報であるので本件条例七条ただし書が適用されるが、本件行政情報一、二は、いずれもこれを公開することにより行政の公正かつ円滑な支障を生じることが明らかであるから、本件条例六条一項五号に該当するとして、本件行政情報一については公文第一〇二号行政情報非公開決定処分(以下「本件第一処分」という。)を、本件行政情報二については公文第一〇三号行政情報非公開決定処分(以下、「本件第二処分」といい、本件第一処分及び第二処分を一括して「本件非公開決定処分」という。)をそれぞれ行った。

なお、原告は、平成六年五月一二日、公文書センター所長から、右<1>中、調査書の評点のうちの各教科部分、及び右<4>に該当する行政情報は存在しない旨の通知を受けた。

4 審査請求

原告は、平成六年五月二〇日、被告埼玉県教育委員会(以下「被告県教育委員会」という。)に対し、本件非公開決定処分につき、行政不服審査法に基づく審査請求(以下「本件審査請求」という。)を行い、被告県教育委員会は、平成八年四月一一日、本件審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

5 被告の承継

平成九年一〇月一日、埼玉県行政情報公開条例施行規則の一部改正により、本件行政情報一及び二の公開・非公開を決定する権限が、公文書センター所長(平成九年四月一日以降の名称は埼玉県総務部県政情報センター所長)から被告県教育委員会に移管されたため、被告県教育委員会が、同日、本件非公開決定処分についての行政庁として、公文書センター所長の本件訴訟における被告としての地位を承継した。

6 よって、原告は、被告に対し、本件条例五条一項に基づき、本件非公開決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし5は、全部認める。

三  被告県教育委員会の主張

1 埼玉県公立高等学校入学者選抜制度について

(一) 埼玉県内における埼玉県立高等学校の入学者選抜については、校長は、入学志願者に対し、埼玉県教育委員会(以下「県教育委員会」という。)が定めるところにより、入学者選抜を行うとされている(埼玉県高等学校通則一七条)ところ、平成六年度から新しい制度に改められ、埼玉県公立高等学校入学者選抜実施要項(以下「選抜実施要項」という。)及び埼玉県公立高等学校入学者選抜要領(以下「選抜要領」という。)に基づいて行われた。

本件に関わる平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について、選抜実施要項は、左記(1)のとおりであり、選抜基準は左記(2)のとおりである。

(1) 選抜実施要項について

(ア) 高等学校長は、調査書と学力検査の成績を資料とし、面接の結果及びその他の資料を参考資料として選抜を行う。

(イ) 選抜に当たっては、別に定める選抜要領に従い、調査書に記載された各教科の学習の記録の評定と学力検査の成績を同等に取り扱い、これに調査書記載の他の事項を合わせて審査し、選抜を行う。

(ウ) 学力検査は、国語、社会、数学、理科、英語の五教科について実施する。

(エ) 調査書の作成要領

各教科の学習の記録について、次のとおり、評価、評定をすることとされている。

<1> 「評価」は、各観点別に、第三学年の評価を中心に、第一学年、第二学年の評価を加味して、Aに相当するものについて、評価欄に○印を記入する。

この場合、第一学年、第二学年の観点別学習状況の評価は、指導要録に記入されている評価とし、第三学年の評価は、第一学期及び第二学期の評価に基づいて評価するものとする。

<2> 「評定」は、各教科別に、第三学年の成績を中心に、第一学年、第二学年の評定を加味して、その成績を一〇段階でA欄に記入する。

この場合、第一学年、第二学年の各教科の評定は、指導要録に記入されている評定とし、第三学年の成績は、第一学期、第二学期の成績によって判定するものとする。

<3> 「評定」は、学年内評価により、第三学年全員について、左図の段階別人数配分表に基づいた「評定の段階別人数配分表」にしたがって評定するものとする。

配分率(%) 段階

2 10

5 9

9 8

15 7

19 6

19 5

15 4

9 3

5 2

2 1

(オ) 右のとおり、調査書における各教科の学習の記録の評定は、「評定の段階別人数配分表」にしたがってなされる、厳密で、機械的な相対的評価であり、後述する通知票における評定とは評定の方法が異なるものである。

(2) 選抜基準について

(ア) 選抜実施要項に基づき、選抜使用の取扱いや選抜の手順・方法について具体的に定めたものが選抜要領である。

県教育委員会は、平成六年度から選抜要領を改定し、新しい入学者選抜制度を設けた。新しい入学者選抜制度は、中学校の学習指導要領の目指す新しい学力観に基づく生徒一人一人の能力・適性、興昧・関心や、優れた点を積極的に評価し、高等学校教育の個性化、特色化に対応するため、多様で多元的な入学者選抜を行うことを目的としている。

(イ) 平成六年度選抜要領は、原告のような一般募集入学者の選抜資料の取扱いや選抜の手順・方法について、次のように定めている。

<1> 選抜資料である学力検査の成績及び調査書について、学力検査を実施する各教科の配点は四〇点とし、調査書に記載された学習の評定の合計の最高は九〇点とする。

<2> 次に、学力検査の合計と学習の評定の合計の相関図表を作成し、次の要領で、A、B及びCの三つの領域を設定する。

(あ) A領域の設定

左図のように、学力検査の合計及び学習の評定の合計について、それぞれ上位から、ほぼ同人数の順位でA線、A′線を引き、A領域に属する者の数が合格予定者数の六〇ないし八〇パーセントになるようにA領域を設定する。

(い) C領域の設定

右図のように、学力検査の合計及び学習の評定の合計について、それぞれ合格予定者数に相当する順位の者の点数(合線)より一〇点以上下位に、各高等学校の実情に応じて、C線、C′線を引き、C領域を設定する。ただし、実受験者数が、合格予定者の一・五倍を超える場合には、五点以上下位とすることができる。

<省略>

(う) B領域の設定

A領域及びC領域に属さない領域をB領域とする。

<3> ABC領域設定後の選考の手順、方法

(あ) 第一次選考

A領域に属する者については、調査書の記載内容に特に問題がない者は、入学許可候補者とされ、その他の者は、第二次選考の対象者とされる。

C領域に属する者については、学力検査を実施しない教科の評定(特に優れているものをA、優れているものをB、その他をCとする。以下、同じ。)、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定、学習の記録の評定及び学力検査の成績の評定において特に優れている点がある者は第二次選考の対象者とすることができ、その他の者は不合格者とされる。

B領域に属する者は第二次選考の対象者とされる。

(い) 第二次選考

第二次選考においては、合格予定者数を満たすのに必要な人数の五〇ないし一〇〇パーセントを、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定、学習の記録の評定及び学力検査の成績の評定のすべての評定を用いて選考し、入学許可候補者とする。

その際、各高等学校の教育方針、各高等学校・学科等の特色に応じて、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定及び行動の記録の評定の扱いに重みをつけて選考することができる。

第二次選考において、合格予定者数を満たすのに必要な人数の一〇〇パーセント未満を入学許可候補者とした学校においては、それ以外の者を第三次選考の対象として選考がされる。

(う) 第三次選考

第三次選考においては、選考の対象者について、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定の一つ又は二つ以上の組み合わせを用いて選考し、入学許可候補者とする。

(二) これによれば、埼玉県の新しい入学者選抜制度においては、特に第二次選考及び第三次選考において顕著であるが、調査書の評定が重視される選抜制度になっており、また、各高等学校の教育方針、各高等学校、各学科の特色においてABCの領域を設定し、また評定の扱いに重みをつけて選考することが認められている。

(三) 埼玉県の公立高等学校においては、このような入学者選抜制度により、学力のみにとらわれず、生徒一人一人の能力・適性、興味・関心や優れた点を積極的に評価する入学者選抜を行うとしているものである。したがって、埼玉県公立高等学校の新しい入学者選抜制度は、埼玉県の教育行政の根幹をなすものともいい得る、極めて重要なものである。

2 本件行政情報一の非公開理由について

(一) 本件行政情報一は、平成六年度川越西高等学校入学志願者学力検査において、原告が受検した国語、社会、数学、理科及び英語の五教科の教科ごとの得点(各科目四〇点満点。以下「各教科の得点」という。)及びその合計点(二〇〇点満点。以下「総得点」という。)が、記載されたものである。

(二) 前記のとおり、埼玉県公立高等学校の入学者選抜制度では、調査書等の評定等と学力検査の成績(得点)とを総合的に判断して選抜が行われているが、学力検査の得点は、数値で表わされるため、評価的要素の伴う調査書の評定等に比べ、客観的で分かりやすく、合否の水準をはかる目安とされやすい。のみならず、右選抜実施要項及び選抜要領に基づく入学者選抜制度は、平成六年度から実施され、平成五年一一月二六日、初めてその選抜の仕組みや手順が公表され、平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜は、右選抜実施要項及び選抜要領の公表後初めて行われたので、本件情報公開請求の時点では、選抜資料の取扱い並びに選抜の基準及び方法は、いまだ十分周知されたものとは言い難い状況であった。

したがって、このような段階で、学力検査の得点を公開すると、調査書等の評定等も合否判定の要素となることが十分考慮されずに、学力検査の得点が合否の目安として着目され、その結果、点数による学校間のランク付けや序列化がされるおそれがあった。

よって、本件行政情報一は、これを公開することにより埼玉県の公立高等学校の合否判定事務に著しい影響を与えることが明らかである。

3 本件行政情報二の非公開理由について

(一) 本件行政情報二は、平成六年度川越西高等学校入学志願者選抜においても中学校長が、作成し、川越西高等学校長に送付された調査書から転記された国語、社会、数学、理科、英語、音楽、美術、保健体育及び技術家庭の九教科の学習の記録の評定の合計(以下「学習合計という。)と、川越西高等学校長が原告の学力検査の合計(以下「学検合計」という。)及び学習合計について、両者が優れている領域(A)、両者が不充分な領域(C)又はその他の領域(B)(以下、これらの領域を「ABC領域」という。)のいずれの領域に分類したかの結果(以下「ABC領域の分類」という。)を記載した部分のうち、原告に係る行政情報である。

(二) 学習合計の非公開理由について

学習合計は、中学校長が作成した調査書に記載された「各教科の学習の記録」の評定の合計点をそのまま転記したものである。したがって、これを公開すると、調査書の「各教科の学習の記録」の評定の合計点を公開することと同様の結果となって、埼玉県の入学者選抜事務や教育行政の執行に著しい支障を生ずることが明らかである。すなわち、

(1) 調査書の「各教科の学習の記録」の評定は、前記のとおり選抜実施要項により、段階別人数配分表に基づいた「評定の段階別人数配分表」に従って評定するものとされている。具体的には、一〇段階の評定点を設けて、右各段階別に配分率を定め、その配分率に従い人数配分をする相対評価の方法により、右人数配分は、厳密で機械的な処理によるランク付けによって行っている。これに対し、通知票は、法令上義務づけられたものではなく、学校と家庭との連絡のため用いられるもので、一つの学期あるいは学年における指導の成果などを児童・生徒本人と保護者に知らせることにより、本人の努力の成果を明らかにし、今後の一層の努力を促す契機とするとともに、同時に生徒の教育について家庭の理解と協力を求めることを目的としているものである。したがって、通知票の評定は、調査書のように段階別に配分率を定めて人数配分をするような方法によっているものではなく、むしろ、本人の努力の成果を明らかにするなどの通知票の目的からすると、絶対評価的な評定の方法をとることも可能であり、実際にもそのような評定もされている。

(2) 以上のとおり、調査書も通知票も同じく教科の評定をしたものであるが、両者は、その目的や評定の方法を異にするものである。しかるに、生徒や保護者が知っているのは通知票の評定だけであることから、調査書における「各教科の学習の記録」の評定は通知票の評定と同一になされていると誤解されやすい。そのため、調査書の「各教科の学習の記録」の評定の合計を公開すると、生徒や保護者は、単純に通知票の評定と比較し、調査書に対して誤解や疑問を持ち、反発や混乱を招くおそれがある。そして、教師がこの点をいかに説明しても、納得を得ることは困難である。その結果、生徒や保護者が調査書に疑念や不信感を抱き、調査書を作成する担当教師に圧力をかけるおそれがあり、ひいては教師がありのままの記載をためらうなどして調査書の客観性、公正さが失われるおそれがある。

また、客観的かつ公正な評価といえるためには、生徒のマイナス面についても、ありのままに記入される必要があるが、マイナス面の評価につき生徒や保護者の理解を得ることは容易ではないため、調査書を公開すると、生徒や保護者の苦情や非難を恐れてマイナス面の評価についての記入が抑制される結果、調査書の客観性、公正さが損なわれるおそれがある。

(3) そうすると、調査書は、学力検査の成績とともに、埼玉県公立高等学校入学者選抜の資料とされるものであるから、調査書の客観性、公正さが失われる場合には、公立高等学校の入学者の合否判定事務に著しい影響を与え、教育行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生じることが明らかである。

(三) ABC領域の非公開理由について

(1) 前記のとおり、ABC領域の設定は、第一次選考に先立って、学力検査の合計及び学習の評定の合計の相関図表における受験者の分布を基にして、合格予定者数の六〇ないし八〇パーセントをA領域に、合格予定者数に相当する順位の者の点数(合線)より一〇ないし五点以上下位の者をC領域に、その他の者をB領域に属するようにするものである。そして、第一次選考においては、A領域に属する者は、調査書の記載内容に特に問題点がなければ入学許可候補者とされ、C領域に属する者は特に優れている点がある者以外は不合格者とされる。

(2) したがって、ABC領域の分類を公開すると、A領域に分類された不合格者は、調査書の記載内容に問題点があったということになり、受験者本人や保護者は、調査書の記載内容に疑念や不満を抱くおそれがある。また、C領域に分類された不合格者は、調査書には特に優れている点の記載がなかったということになり、受験者本人や保護者は、調査書を作成した担任教師に対し、本人の優れている点を少しも認めてくれなかったとの疑念や不満を抱くおそれがある。

(3) 右のいずれの場合も、調査書の内容に疑念や不満を抱いた受験者本人や保護者が、調査書を作成した教師に対し、抗議や非難に及ぶことがあることは容易に想像し得るところである。そのような場合には、調査書を作成する教師が、後に抗議や非難がされることを恐れ、ありのままを記載することをためらい、その結果、調査書の内容の客観性・公正さが失われるおそれがある。そうなると、調査書の入学者選抜資料としての価値が失われ、公正な入学者選抜に著しい支障が生じることは、明らかである。

(4) また、ABC領域の分類が公開された場合には、生徒本人や保護者の関心は、当然、第二次選考の資料となる観点別学習状況、選択教科等の評定などの評定等一覧表におけるその他の評定に移り、これらの記載の公開が求められるようになるのは容易に想定し得るところである。その場合には、調査書の記載事項のうち、次の各事項は、客観的・公正な記載をすることが困難となる。

(ア) 観点別学習状況は、国語、社会、数学、理科、外国語(英語)、音楽、美術、保健体育及び技術・家庭の九教科について、関心・意欲・態度、思考・判断、技能・表現、知識・理解等の各観点別に生徒を評価するものである。このような生徒の人格に関わる評価は、およそ公開されることを前提とした場合、ありのまま客観的な評価をすることは困難である。

(イ) 選択教科の学習の記録は、各教科の評定の外、「学習状況」を文章記述で記載することになっている。文章記述の方法で記載する以上、その記載は、評価的記述にならざるを得ない。このような評価的記述について調査書の記載が問題とされるときは、作成者において生徒のありのままを客観的に記述することは困難となり、記述の客観性・公正さが失われることは明らかである。

(ウ) 特別活動の記録は、特別活動の「活動状況」は、特別活動のうちの主な事実を記入することになっている。しかるに、仮に調査書の記載が問題とされるときは、作成者において生徒や保護者の不満や抗議を予想し、当たり障りのないよう、特別活動に関する事実なら何でも記入することとなりかねない。その場合、特別活動のうちの主な事実を記入することとした調査書の趣旨が損なわれることは明らかである。

(エ) 行動の記録においては、「評価」は、各項目ごとに特に優れた項目について○を記入し、「所見」は、長所がわかる具体的事実について記入することとなっている。また、指導上特に留意する必要がある場合は、配慮事項を記入することとされている。右の「評価」は、生徒の基本的な生活習慣、明朗・快活性、自主・自律性、向上心、責任感の有無等を評価するものであり、また、「所見」においては、生徒の長所を文章記述で記載し、さらに指導上特に留意する必要がある場合は、配慮事項を同じく文章で記述することとされている。右の各事項は、まさに生徒の人格に関わる事項を評価するものであるところ、このような人格についての評価は、およそ公開されることを前提としてはありのままに客観的に記載することは容易になしえないものである。

(5) 右のとおり、ABC領域の分類や評定等一覧表におけるその他の評定が公開された場合には、調査書の公開と同様に、請求者である受験者や保護者に誤解や疑問を生じさせ、あるいは不満を招き、ひいては入学者選抜制度の不信につながり、教育行政に著しい支障を生じることが明らかである。

また、ABC領域の分類は、高等学校の合否の基準に関わる情報であって、これを公開すると、各高等学校が定めた基準の範囲の推測が一層容易となるから、それだけでも新たな学校間のランク付けや序列化をもたらすおそれがある。さらに、埼玉県の公立高等学校入学者選抜においては、現在、埼玉県個人情報保護条例に基づき学力検査の得点の開示が行われているので、新たに学習合計及びABC領域の分類の公開が認められるとすれば、高等学校の合否の基準が完全に明らかとなる結果となる。そのような事態になれば、学校間のランク付けや序列化が完全なかたちでなされ、著しい弊害が生ずることは明らかである。

(6) よって、ABC領域の分類を公開した場合には、埼玉県の入学者選抜事務や教育行政の執行に著しい支障が生じることが、明らかである。

(四) まとめ

本件行政情報二が公開される場合には、調査書の記載に疑念が持たれ、作成者において生徒や保護者の不満や抗議を予想して当たり障りのない記述をすることとなり、調査書の客観性・公正さが損なわれるおそれがある。その結果、調査書の入学者選抜資料としての価値が失われ、公正な入学者選抜に著しい支障が生ずることが明らかである。

4 以上のとおり、本件行政情報一及び二は、いずれも平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜における行政情報であり、これを公開すると、教育行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生じることが明らかであり、本件条例七条ただし書、六条一項五号に該当するから、本件非公開決定処分は、適法である。

四  被告県教育委員会の主張に対する認否及び原告の反論

1 被告県教育委員会の主張1について

(一) 同1(一)及び(二)は、認める。

(二) 同1(三)は、知らない。

2 同2について

(一) 同2(一)は、認める。

(二) 同2(二)のうち、埼玉県公立高等学校の入学者選抜制度では、調査書等の評定等と学力検査の成績とを総合して選抜が行われていること、右選抜実施要項及び選抜要領に基づく入学者選抜制度は、平成六年度から実施され、平成五年一一月二六日、初めてその選抜の仕組みや手順が公表されたものであることは認め、その余は、否認する。

3 同3について

(一) 同3(一)は、認める。

(二) 同3(二)のうち、学習合計は中学校長が調査書に記載された「各教科の学習の記録」の評定の合計点をそのまま転記したものであることは、認め、その余は、不知ないし否認する。

(三)(1) 同3日(1)は、認める。

(2) 同3(三)(2)のうち、ABC領域の分類を公開すると、A領域に分類された不合格者は、調査書の記載内容に問題点があったということになり、また、C領域に分類された不合格者は、調査書には特に優れている点の記載がなかったということになることは、認め、その余は、否認する。

(3) 同3(三)(3)ないし(6)は、否認する。

4 原告の再反論

(一) 本件行政情報一について

(1) 被告県教育委員会は、学力検査の得点を公開した場合には、調査書等の評定等も合否判定の要素となることが十分考慮されずに点数のみにとらわれ、合否の判定は学力検査の結果によって決まるものと誤解され、学力検査の得点の多寡と合否の結果との関係について本人や保護者に誤解や混乱を生じさせ、その結果公立高等学校の合否判定事務に著しい影響を与えると主張するが、合否の判定は、学力検査の得点のみによってではなく、調査書の評定等も加味して行われることは、前記平成五年度入学者選抜実施要項及び選抜要領のとおりであって、この事実は、平成六年一一月二六日、公表され、翌日の新聞・テレビ等のマスコミにおいて大きく報道されているばかりか、この報道において、特に指摘されたのは、調査書の記載内容が合否に大きく影響してくるということであったから、生徒や保護者は、平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜において、学力検査の得点のみによって合否が決定されるものと誤解される余地はなかった。

(2) また、被告県教育委員会は、学力検査における得点を公開すると、点数のみを偏重する風潮を助長し、合格最低点のみが注目されて、その多寡により学校が評価されて、新たな学校間ランク付けや序列化を生じるおそれがあると主張するが、原告が公開を請求した情報は、原告自身の学力検査における各教科の得点と五教科の総得点といった個人情報であることから、被告の右主張自体失当であり、さらに、学校間に序列がつくのは必然であるから、本件行政情報一を公開することにより、質の向上を目指した競争を通じ、かえって教育行政に貢献することになる。

(3) 平成六年一〇月一日施行された埼玉県個人情報保護条例に基づいた開示請求においては、本件行政情報一と同種の行政情報である、埼玉県公立高等学校入学志願者学力検査における受験者の各教科の得点及び五教科の総得点は、受験者に対して公開されている。

(二) 本件行政情報二について

(1) 被告は、学習合計を公開した場合には、通知票の評定と比較されることにより、調査書の評価に対する疑念や不信感が生じると主張するが、通知票の評価もテストの結果のみに基づいて行われるものではないので、原則として、調査書の評価の間に差はないというべきであり、仮に、調査書と通知票との評定に食い違いがあったとしても、調査書の各教科の評定は、通知票の第三学年第一学期の成績と同学年第二学期の成績の合計となっているから、右食い違いは、生徒及び保護者の理解の範囲内にあるから、学習合計が公開されたとしても、通知票の評定と比較して、学習合計に対して疑問や反発を招くことはないというべきであり、入学者選抜事務に支障が生ずるとする被告の主張は、理由がない。

(2) 被告教育委員会は、調査書の記載の客観性、公正さを保障するために、本件行政情報二を公開できないと主張するが、むしろこれを保障するためには、社会的チェックが行える制度的保障、すなわち調査書を公開することが必要である。

(乙事件について)

一  請求原因

被告埼玉県には、次の違法な行為があり、原告は、被告埼玉県の右違法行為により、後記損害を被ったので、国家賠償法一条一項により損害賠償を求める。

1 違法な本件非公開決定処分による賠償請求

(一) 本件非公開決定処分には、本件行政情報一及び二が、本件条例六条一項五号に該当しないにもかかわらず、右条例の解釈を誤り、これに該当するとされた違法がある。そして、右違法な本件処分をした公文書センター所長には、少なくとも過失がある。

(二) 原告は、本件非公開決定処分により、本件行政情報一及び二を知る権利を侵害されるとともに、ひいては平成六年埼玉県立川越西高等学校入学者選抜において原告が不合格とされた原因を解明する機会を奪われ、静穏な感情を害されるなどの精神的な苦痛を被った。また、本件公開請求は、埼玉県個人情報保護条例の公布の後に行われたから、本件行政情報一及び二について、誤った情報があれば、埼玉県個人情報保護条例一条に基づき、右情報の訂正を請求する権利を行使できたのである。したがって、原告は、本件非公開決定処分により、行政情報の訂正を請求する権利を奪われ、このことにより経済的及び精神的苦痛を受けたものである。

2 審査請求人の記載に関する誤った教示による賠償請求

(一) 本件教示の経緯

(1) 〓は、原告のためにすることを示して、平成六年五月二〇日、県教育委員会に対して、「請求者氏名甲野太郎、法定代理人親権者・父高島〓」と記載した審査請求書(以下「第一審査請求書」という。)を提出した。

(2) 県教育委員会は、第一審査請求書が、審査を求める当該行政情報に係る文書の表示が誤っていたため、平成六年六月一日付けの通知書により、その補正を指示した。

(3) 〓は、平成六年六月九日、県教育委員会の指示にしたがって補正をした審査請求書(以下「第二審査請求書」という。)を、県教育委員会委員長宛に送付した。県教育委員会は、第二審査請求書を同月一三日付けで受理した旨を同月二八日付けの書面で原告及び〓に対して通知した。右通知書の名宛人は、「審査請求人甲野太郎、法定代理人高島〓様」であった。

本件審査請求は、同年七月一四日に開催された第一二二四回埼玉県教育委員会定例会(以下「第一二二四回定例会」という。)において報告されたが、右定例会の資料及び会議録には、審査請求人は原告とされている。

(4) ところが、その後、埼玉県教育局(以下「県教育局」という)指導部指導第二課指導主事市川和夫(以下「市川指導主事」という。)は、〓に対し、第二審査請求書中の審査請求人の記載につき、「審査請求人・法定代理人高島〓<印>」とし、「審査請求人の住所、氏名、年齢」欄には、原告の住所、氏名、年齢ではなく、〓のそれを記載するよう指示した(以下「本件教示」という。)。

市川指導主事は、本件教示と同時に、原告の戸籍抄本及び原告の委任状の提出を要求した。〓は、法定代理人だから委任状は不要であると主張したが、市川指導主事が、原告の委任状がなければ審査請求は受理できないと指導するので、やむなくこれに応じた。

(5) 〓は、仕方なく本件教示に従うこととしたが、本件教示の妥当性に不安を感じて、審査請求人の記載につき、「(親権者・父)」を加え、「審査請求人・法定代理人(親権者・父)高島〓<印>」とし、「審査請求人の住所、氏名、年齢」欄を、「審査請求人・法定代理人の住所、氏名、年齢」に改めた上、本件教示に従って〓の住所、氏名、年齢を記載した審査請求書(以下「第三審査請求書」という。)を平成六年七月一九日に送付した。

(二) 不作為の違法確認の訴えを取り下げるまでの経緯

(1) 本件教示以前は、前記のとおり、原告が審査請求人であると扱われていたが、本件教示に従った第三審査請求書の提出した後は、次のとおり、〓が審査請求人であるとされた。

すなわち、<1>平成六年六月二八日付け第三審査請求書の受理通知書、<2>公文書センター所長が提出した同年八月一日付けの弁明書、同年一一月一五日付けの再弁明書及び平成七年三月一六日付けの再々弁明書、<3>県教育委員会が〓に対して送付した平成六年八月二六日付け、同年一二月一二日付け及び平成七年四月三日付けで送付された反論書の提出に関する通知書、<4>県教育委員会が〓に対して送付した〓提出に係る同年六月二二日付け上申書に対する受理通知書、<5>県教育委員会が、平成八年三月二六日に開催した第一二六九回埼玉県教育委員会定例会(以下「第一二六九回定例会」という。)において、本件審査請求の裁決を協議するに当たり作成された資料及び同年四月一一日に開催した第一二七〇回埼玉県教育委員会定例会(以下「第一二七〇回定例会」という。)において、本件審査請求に対する裁決を審議するに当たり作成された資料並びに<6>本件裁決の裁決書においては、いずれも審査請求人は〓であるとされ、右各通知書及び裁決書の名宛人も〓とされ、原告は、「審査請求人の子」として、「審査請求人」と明確に区別された。

(2) 〓は、本件教示及び第三審査請求書提出以後における審査請求人の記載から、〓自身が本件審査請求における審査請求人であると理解した。そこで、〓は、〓自身を原告とし、県教育委員会を被告として、平成八年三月一一日、不作為の違法確認を求める訴え(当庁平成八年(行ウ)第四号不作為の違法確認請求事件。以下「四号事件」という。)を浦和地方裁判所に提起した。

(3) ところが、〓は、平成八年六月三日に行われた四号事件の口頭弁論期日において、裁判所から、本件審査請求及び本件裁決における審査請求人は、原告であるから、〓を原告とする四号事件の訴えは原告適格がないと指摘されたため、〓は、四号事件の訴えを取り下げた。

(三) 〓は、第一及び第二審査請求書では、審査請求人を原告であることを明記した上で、「法定代理人親権者・父 高島〓」と表示していたのであるから、〓は原告の法定代理人として本件審査請求をしていることが、明らかであるにもかかわらず、市川指導主事は、あえて本件教示を行った。〓は、本件教示に従って本件審査請求の審査請求人の表示を「審査請求人・法定代理人(親権者・父)高島〓」とする第三審査請求書を提出したにもかかわらず、県教育委員会は、その後、前記のとおり、審査請求人の表示を〓として事務を遂行したため、〓は、本件審査請求の審査人は〓であると誤解し、四号事件を提起した。

(四) 原告は、本件教示により、本件審査請求の請求人は、〓であると誤認し、〓を原告とする四号事件を提起した結果、裁判所の勧告により、不本意にも四号事件の訴えを取り下げざるを得なくなったものであるが、これにより、原告は、無用の時間を浪費し、経済的及び精神的苦痛を受けた。

3 審査手続の違法な遅延による賠償請求

原告は、平成六年五月二〇日、県教育委員会に対し、本件非公開決定処分に対する本件審査請求を行ったが、県教育委員会は、約二年を経過した平成八年四月一一日に至って本件裁決をした。行政事件訴訟法八条二項一号は、審査請求があった日から三か月を経過しても、裁決がない場合、処分の取消しの訴えを提起することができると定めていることに照らすと、特別の理由のない限り、県教育委員会は、本件審査請求がされた日から起算して三か月以内に裁決をすべきであるにもかかわらず、次のように、適切な対処をすることなく本件審査請求を放置したもので、県教育委員会のかかる不作為は、違法である。そのため、原告は、経済的及び精神的苦痛を受けた。

(一) 県教育委員会は、公文書センター所長に対し、平成六年七月二九日までに弁明書を、平成六年一一月一一日までに再弁明書を、それぞれ提出するように通知したが、公文書センター所長が、弁明書を提出したのは平成六年八月一日であり、再弁明書を提出したのは平成六年一一月一五日である。このように公文書センター所長は、いずれも県教育委員会の定めた提出期限に遅れて提出したにもかかわらず、県教育委員会は、右遅延に対して適切な措置を講じなかった。

(二) 県教育委員会は、公文書センター所長から弁明書が提出されてから、その副本を〓に送付するまでに三週間以上、公文書センター所長から再弁明書が提出されてから、その副本を〓に送付するまでに一か月弱、〓から再反論書が提出されてから、その副本を公文書センター所長に送付するまでに三週間以上、公文書センター所長から再々弁明書が提出されてから、その副本を〓に送付するまでに二週間以上にわたる期間をそれぞれ費やし、合計約三か月にわたる時間を浪費した。

(三) 県教育委員会は、公文書センター所長と〓との間の弁論と反論の過程で、本件審査請求に対する裁決の内容を充分検討できたはずであるから、公文書センター所長の弁明と〓の反論が終了した平成七年五月八日の時点において、裁決をすることが可能であった。ところが、県教育委員会は、右時点から一か月以上経過しても裁決を行わないため、〓は、平成七年六月二二日付けで、県教育委員会に対し、裁決を求める上申書を提出した。それにもかかわらず、県教育委員会が本件裁決をしたのは、平成八年四月一一日であり、右上申書の提出から九か月間以上、裁決を行わなかったことは違法な不作為であるというべきである。

4 実質的審議を怠ったことによる賠償請求

(一) 第一二六九回定例会及び第一二七〇回定例会の会議録には、委員会を主宰すべき県教育委員会委員長の発言は、記録されず、代わって、県教育局の長である県教育長の会議指揮の発言が記録されている。また、第一二六九回定例会及び第一二七〇回定例会において、本件条例に関する説明はおろか、資料としても提出されていない。

県教育委員会は、県教育局が作成した裁決書案を単に追認しただけで、県教育委員会の委員らは、実質的な審議を行っていないものといわざるを得ないから、本件裁決には重大な違法がある。

(二) 右のとおり、本件審査請求が違法に棄却されたことにより、本来公開されるべき個人情報が公開されず、原告は、本件条例が保証する自己に関する行政情報を知り、誤りがある場合にはその訂正を求める権利を享受できなかったため、経済的及び精神的苦痛を受けた。

5 不存在通知による賠償請求

(一) 公文書センター所長は、原告に対し、平成六年四月二八日付けで、本件公開請求の対象とされた行政情報のうち、調査書の評点のうち各教科に係る部分及び本件調査書(以下「本件調査書等」という。)は、存在しない旨の通知(以下「本件不存在通知」をいう。)をした。

(二) 原告は、平成六年三月八日付けで、県教育委員会に対し、本件調査書をはじめ、原告の合否判定にかかる一切の資料の開示を請求し、同日付けで、川越市教育委員会に対し、本件調査書の内容の開示を請求したのであるから、県教育委員会は、本件条例に基づいた本件調査書の公開請求があることを当初から予想できた。

(三) それ故、県教育委員会が、本件調査書を廃棄し、これを不存在であるとすることは許されないというべきであるから、本件不存在通知は違法である。原告は、本件不存在通知によって、本件調査書の開示を求めて訴訟を提起し、裁判を受ける権利を剥奪され、かつ、本件条例が保証する原告に係る個人情報を知る権利を奪われたものであるから、被告埼玉県は、原告に対し、その損害を賠償する義務を負う。

6 損害額

右1ないし5の各行為により、原告は、経済的及び精神的な損害を受けたが、右時間的、金銭的、精神的損害に対する慰謝料として金銭に換算すると、合計二〇万円を下ることはない。

よって、原告は、被告埼玉県に対し、国家賠償法一条に基づき、慰謝料二〇万円及びこれに対する本訴状送達の日である平成八年六月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1 請求原因1について

同1(一)、(二)は、否認する。公文書センター所長は、その職務上の法的義務を尽くして本件非公開決定処分をしたものであるから、本件非公開決定処分には、国家賠償法一条一項にいう違法はなく、公文書センター所長に故意や過失も認められない。

2 同2について

(一)(1) 同2(一)(1)ないし(3)は、認める。

(2) 同2(一)(4)のうち、市川指導主事が〓に対し、本件教示を行ったことは認め、その内容は否認する。

本件教示の内容は、審査請求書には請求人本人の印と法定代理人の印が押捺されているが、どちらか一方としてほしい、ただし、甲野太郎とする場合は、同人は一五歳であるため、審査請求ができるか難しい、というものであった。

(3) 同2(一)(5)のうち、〓が、平成六年七月一九日付けで、第三審査請求書を提出したこと及びその内容は認め、その余は不知。

(二)(1) 同2(二)(1)は、認める。

(2) 同2(二)(2)のうち、〓が四号事件の訴えを浦和地方裁判所に提起したことは、認め、その余は不知。

(3) 同2(二)(3)のうち、裁判所が、〓に対し、平成八年六月三日の期日において、四号事件の訴えは原告適格を欠くと指摘したことは認め、その余は不知。

(三) 同2(三)のうち、原告が四号事件の訴えの原告となり、〓を法定代理人として訴えを提起していれば、これを取り下げる必要はなかったことは認め、その余の事実は否認する。第一審査請求書においては、太郎が本人として審査請求をしているのか、親権者父高島〓を法定代理人として、代理人による審査請求をしているのか明らかでない。

(四) 同2(四)のうち、県教育委員会が、第二審査請求書の受理通知書の名宛人を「審査請求人甲野太郎、法定代理人高島〓様」と記載したことは認め、その余の事実は否認する。四号事件の訴えの原告を〓とした結果、これを取り下げざるを得なかったのは、県教育委員会の教示の趣旨を誤認して、審査請求人の表示を改めた〓の過失によるものであり、県教育委員会に過失はない。

(五) 同2(五)は、否認する。

3 同3について

(一) 同3(一)のうち、公文書センター所長による弁明書及び再弁明書が、いずれも県教育委員会の指定した期限より後に提出されたことは認め、その余は否認する。

県教育委員会は、処分庁に対し、弁明書の提出期間を指定する際、処分庁の都合は聴取していないため、その期間では、処分庁にとっては短すぎるということもあり得る。しかも、本件では、弁明書及び再弁明書は、県教育委員会が指定した期限にわずか三、四日遅れて提出されただけにすぎない。さらに、弁明書の提出を求める趣旨は、審査請求人が処分理由を了知し、自己の主張、立証を十分できるようにすることにあるから、弁明書が、単に指定された期間に遅れて提出されたというだけで、右遅延を違法とすることは、むしろ不当である。

(二) 同3(二)のうち、文書の送付に要した時間が浪費であることは、争い、その余は認める。

(三) 同3(三)のうち、〓が、平成七年六月二二日付けで上申書を提出した事実及び本件裁決が平成八年四月

一一日にされた事実は、認め、その余は否認する。

(四) 同3(四)は、否認する。

4 同4について

(一) 同4(一)は、認める。

(二) 同4(二)のうち、個人情報保護条例に基づいて、学力検査の得点及び合計点が開示されていることは認め、その余は否認する。

(三) 同4(三)は、否認する。

県教育委員会は、本件審査請求の裁決をするにあたり、第一二六九回定例会及び第一二七〇回定例会において、県教育局から本件審査請求の内容、審査の経過、裁決案の概要等について説明を受けた上で、第一二六九回定例会で裁決について協議し、第一二七〇回定例会で本件裁決をすることを議決している。このように、県教育委員会は、その権限に基づき、時間をかけた実質的な審議を経て、本件裁決をしたものである。

(四) 同4(四)は、否認する。

5 同5について

(一) 同5(一)は、認める。

(二) 同5(二)のうち、原告が、平成六年三月八日付けで、県教育委員会に対し、本件調査書などの開示を請求したことは、認め、県教育委員会が、本件条例に基づいた本件調査書の公開請求があることを当初から予想できたことは、否認し、その余は不知。

(三) 同5(三)は、争う。

6 同6は、否認する。

三  被告埼玉県の反論

1 請求原因2に対する反論

四号事件の原告となって訴えを提起し、後にこれを取り下げたのは、原告ではなく、〓であるから、これによって損害を被ったとすれば、損害を被ったのは〓であるから、原告に損害が生じたとはいえない。

2 同3に対する反論

(一) 県教育委員会は、〓から平成七年六月二二日付け上申書を提出されてから本件裁決までの間、審理をなさず、漫然と事案を放置していたわけではない。本件は、次のとおり、埼玉県公立高等学校の入試選抜制度の根幹に関わる問題を含むものであるため、その結論は、埼玉県の教育行政に重大な影響を与えるものであった。したがって、県教育委員会は、審査請求人及び公文書センター所長の主張を十分検討し、裁決の教育行政に及ぼす影響を慎重に検討する必要があったため、相当の期間を要したものであり、本件裁決は相当な期間内にされたものといえる。

(1) 本件審査請求は、平成六年度の埼玉県公立高等学校入学者選抜に関わる行政情報の非公開決定処分の審査を求めるものであるが、埼玉県では、平成六年度から新たな公立高等学校入学者選抜制度が実施され、その仕組みや手順が県民に理解され定着したとみられる平成七年度入試からは、平成六年一〇月一日に施行された個人情報保護条例に基づき、学力検査の得点の開示がされるようになった。

しかし、平成六年度から開始した入学者選抜制度の改革から間もないころであり、埼玉県の教育行政にあたる県教育委員会としては、平成七年度入試のみならず、平成八年度入試についても、学力検査の得点の開示の請求件数や当該請求が教育現場に及ぼす影響を把握し、検討する必要があったため、県教育委員会は、右の把握、検討が可能になる平成八年四月上旬まで決定を待つ必要があった。

(2) 本件審査当時、調査書や指導要録の開示などが全国的に進む状況にあったので、県教育委員会は、他県の動向を把握したり、情報収集を図る必要があった。

(3) 本件行政情報一及び二は、調査書と密接な関連を持っているところ、県教育委員会は、別件の調査書非公開決定処分の取消請求訴訟事件(当庁平成四年(行ウ)第七号事件)に関わるものとして、同事件の審理状況を把握し、これに対処する必要があった。右事件が、本格的な審理に入ったため、本件審査請求についても、右事件の審理の推移をみながら対処する必要があった。

(二) 書類の送付に時間を要したことについて

県教育委員会が弁明書、再弁明書、再反論書、再々弁明書を送付するのに二週間ないし一か月近くかかっていることだけで、県教育委員会の審査事務に懈怠があったということはできない。県教育委員会が弁明書、反論書等の文書を受領した後、これを相手方に送付するまでには、文書の収受、担当者への配布、文書の処理に関する検討、起案、回議(起案文書を起案者から決裁権者まで所定の順序で回して、決裁のための承認を得る手続)、合議(関係部課長等の承認を得る必要がある場合にその承認を得るための手続)、決裁、送付文書の作成、発送という一連の手続が必要である。右の手続は、当然、担当者のみでできるものではなく、多数の関係者の承認・決裁が必要である。したがって、関係者の不在や繁忙等の事情により、最終処理までに時間がかかることもある。本件においても、右事情により文書の送付に至るまで若干の時間を要したものであって、県教育委員会の事務懈怠はなかった。

3 請求原因5に対する反論

「平成六年度埼玉県公立高等学校入学志願者選抜における評定等一覧表について(報告)」(平成六年三月七日付け親川越西高第八五号)の四教科計及び選択教科の欄には、調査書の評定点は記載されていない。右文書の当該欄に記載されているのは、調査書の評定点ではなく、高等学校がしたA、B又はCの評定である。右A、B又はCの評定は、調査書の評定を資料としてされるものであるが、調査書の評定そのものではなく、これをもとに高等学校が定める基準にしたがって、高等学校がしたものである。

したがって、「平成六年度埼玉県公立高等学校入学志願者選抜における評定等一覧表について(報告)」(平成六年三月七日付け親川越西高第八五号)の四教科計及び選択教科の欄には、本件公開請求の対象となっている調査書の評定のうち各教科部分は含まれていない。

四  被告埼玉県の反論に対する原告の認否及び再反論

1 被告埼玉県の反論1は、否認する。

2 同2について

(一)(1) 同2(一)の柱書き部分の主張は、争う。

(2) 同2(一)(1)の事実は、否認する。

公文書センター所長は、平成七年三月三〇日付けで、平成七年度入試において実施された学力検査の得点を開示し、以後同種の情報を継続して開示しているから、平成八年四月上旬まで決定を留保する必要はなかった。

(3) 同2(一)(2)の事実は否認し、その主張は争う。

そもそも、県政情報センター所長は、平成七年三月二三日付けで、調査書を一部開示している。

(4) 同2(一)(3)の事実は否認し、その主張は争う。

別件の調査書非公開決定処分の取消事件は、原告適格を巡って原被告の間での応酬に終始し、未だに実質審理に入っていなかったし、そもそも、本件審査請求の争点と右事件における争点とは異なる。

(二) 同2(二)は、否認する。被告埼玉県の主張する事務処理とは、単に県教育委員会が収受した弁明書、再弁明書、再反論書、再々弁明書を送付するという単純作業であり、それに二週間ないし一か月近くの時間をかけているのであるから、明らかに事務懈怠である。被告埼玉県が主張するように、それが関係者の不在や繁忙などによるのであれば、なおさらである。

3 同3は、否認する。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第一  甲事件について

一  請求原因1ないし5の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告が公開を求めた本件行政情報一は、平成六年度川越西高等学校入学志願者学力検査において、原告が受検した国語、社会、数学、理科及び英語の五教科の教科ごと得点及び総得点が記載された行政情報であり、本件条例六条一項一号に定める個人に関する情報であることは、当事者間に争いがない。したがって、本件行政情報一は、原告の個人に関する情報であるから、被告県教育委員会は、原則として、これを公開しなければならないところ(本件条例七条本文)、本件行政情報一は、平成六年度から、新しい選抜実施要項及び選抜要領に基づく入学者選抜制度が実施されたが、本件情報公開請求の時点では、選抜資料の取扱い並びに選抜の基準及び方法は、いまだ十分に周知されていないので、学力検査の得点を公開すると、客観的で分かりやすい学力検査の得点が注目され、合否の判定は、学力検査の得点のみによって決まるものと誤解されるおそれがあり、右誤解により、各高等学校間に新たなランク付けが生じ、学力のみにとらわれないとした選抜要領の方針が没却されるとして、本件条例六条一項五号に該当する事由が存すると主張する。

1  当事者間に争いのない事実及び本件証拠(〔証拠略〕)によると、埼玉県内における公立高等学校入学者制度の概要は、被告県教育委員会の主張1(一)、(二)のとおりであり、埼玉県の公立高等学校においては、前記入学者選抜制度により学力のみにとらわれず、生徒一人一人の能力・適性、興味・関心や優れた点を積極的に評価する入学者選抜を行うことを目的としていること、被告県教育委員会は、平成五年四月二七日、平成五年度の選抜要領を公開し、平成五年四月二八日付けの朝日新聞において右選抜要領が報道されたが、それによれば、内申点を縦軸に、学力検査点を横軸にとったグラフによつて、公立高等学校の入学者選抜が行われるとされていること、さらに、平成五年一一月二六日、平成六年度の選抜要領を公開し、その旨平成五年一一月二七日付けの毎日新聞及び読売新聞において報道され、平成六年度も、平成五年度と同様、内申点を縦軸に、学力検査点を横軸にとったグラフによって、公立高等学校の入学者選抜が行われるとされていること、毎日新聞の右報道は、「意欲、関心など新学力観重視」と題され、一般入試の一次選抜を除いて「観点別評価」など学力以外の五項目が重要となることが報道されたこと、平成五年度及び平成六年度の選抜要領の公開と前後して、原告の通学していた川越市立城南中学校の各教諭が、三者面談、クラス懇談会及びPTAの会合において、埼玉県の公立高等学校の入学者選抜は、当日の学力検査の得点によって合否が決まるのではなく、調査書の記載が重要であることを強調していたこと、本件行政情報一である学力検査の得点は、新聞発表による学力検査の解答をもとに自己採点が可能であること、平成六年一〇月一日施行された埼玉県個人情報保護条例に基づいた開示請求においては、本件行政情報一と同種の行政情報である埼玉県公立高等学校入学志願者学力検査における受験者の各教科の得点及び五教科の総得点は、受験者に対して公開されていることが認められる。

2  本件行政情報一は、原告が受検した国語、社会、数学、理科及び英語の五教科の教科ごとの得点及びその総得点が記載された行政情報であって、数値で表わされる客観的な個人情報であり、しかも、前記認定のとおり、平成六年度の選抜要領は、平成五年一一月二六日に公表され、新聞によってその具体的な内容も報道されたのであるから、平成六年度の埼玉県公立高等学校の入学者選抜は学力検査の成績(得点)とともに調査書の評定を総合的に判断して行われるということは、埼玉県立高等学校を受検する生徒及びその保護者らの間においては、すでに周知されていたというべきであるし、学力検査の得点がそもそも自己採点により確認し得ること等をかんがみると、本件行政情報一を開示しても、平成六年度の埼玉県公立高等学校入学者選抜については、学力検査の成績のみで合否が決まるものと誤解され、学力検査の得点の多寡と合否の結果との関係について生徒及び保護者らに誤解や混乱が生じるおそれ、学力検査の得点の多寡を偏重する風潮を助長し、各公立高等学校間に序列化が生ずるおそれあるいは公立高等学校の合否判定事務に著しい影響を与える事態が生じるおそれがあるとは認め難い。そのほか、被告県教育委員会の主張する事由を認めるに足りる証拠はない。

3  右のとおりであるから、本件行政情報一を非公開とした公文書センター所長の第一処分は、本件条例六条一項五号の解釈適用を誤った違法があり、取消しを免れえない。

三  本件行政情報二について

次に、本件行政情報二が、本件条例六条一項五号に該当するか否かについて検討する。

1  本件行政情報二は、平成六年度川越西高等学校入学志願者選抜において、中学校長が作成し、川越西高等学校長に送付された調査書から転記された学習合計と、川越西高等学校長が原告の学力検査の合計及び学習合計について、ABC領域の分類を記載した部分のうち、原告に係る行政情報であることは、当事者間に争いがない。

2  本件行政情報二のうち学習合計について

(一) 学習合計は、中学校長が作成した調査書に記載された「各教科の学習の記録」の評定点をそのまま転記したものであることは、当事者間に争いがない。

(二) 〔証拠略〕によれば、平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜の調査書のうち各教科の学習の記録欄の記載事項及び記載要領は、次のとおりであると認められる。

(1) 国語、社会、数学、理科、外国語(英語)、音楽、美術、保健体育及び技術・家庭の九教科は、次の要領で、関心・意欲・態度、思考・判断、技能・表現、知識・理解等の各観点別学習状況の「評価」と各教科の「評定」が記載される。

(2) 「評価」は、各観点別に第三学年の評価を中心に、第一学年、第二学年の評価を加味して、Aに相当するものについて、評価欄に○印を記入する。この場合第一学年、第二学年の観点的学習状況の評価は、指導要録に記入されている評価とし、第三学年の評価は、第一学期及び第二学期の評価に基づいて評価するものとする。

(3) 「評定」は、各教科別に第三学年の成績を中心に、第一学年、第二学年の評定を加味して、その成績を一〇段階で記入する。この場合、第一学年、第二学年の各教科の評定は、指導要領に記入されている評定とし、第三学年の成績は、第一学期及び第二学期の成績によって判定するものとし、学年内評価により、第三学年全員について、段階別人数配分表に基づいた「評定の段階別人数配分表」に従って評定する。

(三) 右認定した事実によれば、学習合計は、中学校長が作成した調査書に記載された「各教科の学習の記録」の評定の合計点をそのまま転記したものであるから、これを開示すると、調査書の当該部分を開示したことと同じ結果となると認められる。そうすると、これを公開すると、右調査書に記載された「各教科の学習の記録」における評定と中学校において生徒及び保護者に対して知らせているいわゆる通知票における各教科に関する評定の記載は、その評価方法や記載の目的が異なるため、両者の記載が相違する可能性があることが当然に予想されるのであり、その場合には、右相異につき生徒及び保護者から右各評定の結果や方法等について疑義を生じ、ひいては調査書を作成する中学校長らに対し、調査書の記載した理由の説明を求めたり、正確な記載ではなかったとして苦情が述べられたりすること等の混乱や弊害が生ずるおそれがあり、調査書を作成する中学校長らが、ありのままを記載することを避け、安易な記載をするに至る等調査書の評定の客観性も公正さが失われることとなる危惧が存し、その結果、調査書の評定を重視する埼玉県の公立高等学校入学者選抜の合否判定事務の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じ得ると認められる。

ところで、原告は、通知票の評定も、単にテストの結果だけでなく、日常の授業における関心や態度、レポートの提出等を総合的に判断して決定されているので、調査書における「各教科の学習の記録」における評価と異なるところはないし、仮に、右評価の記載に相違があったとしても、生徒及び保護者らの理解の範囲内にあるから、これを公開しても、被告が主張するような反発や混乱を生じるおそれはないと主張する。

しかしながら、通知票における評定は、原告が主張するようにテストの結果だけでなく、総合的な判断に基づいて行われているとしても、法令上の定めによって作成されるものでなく、児童、生徒の各学期あるいは学年における学習の成果や今後の努力すべき事項等を本人と保護者に知らせることによって、学校における教育について家庭の理解と協力を求めることを主眼として作成されるものであり、調査書の「各教科の学習の記録」における評定は、入学者選抜のための資料として、公正かつ客観的なものとするために、中学校長が選抜実施要項により、その成績を段階別人数配分表に基づいた「評定の段階別人数配分表」に一〇段階で相対的に評価し、「各教科の学習の記録」として記載するものである。このように、調査書と通知票は、その作成の目的や記載要領を異にしており、調査書に記載された学習合計を公開することにより、前示のとおり、調査書の記載の公正さや客観性が損なわれ、入学者選抜事務の円滑、公正な遂行に支障が生じるおそれが存する以上、学習合計が個人に関する情報であり、本人から公開の請求があったとしても、これが本件条例六条一項五号に該当するとする被告の主張は、理由があり、原告の前記主張は、採用することができない。

もっとも、〔証拠略〕によれば、「各教科の学習の記録」の評定は、各教科の担当教師の日頃の学習評価を基にして、学年内評価により、第三学年全員について、所定の段階別人数配分表に基づいた評定の段階別人数配分表にしたがって評定するものであり、一〇段階の客観的数植として表されることが認められる。これによれば、調査書作成の段階で、作成担当教諭による恣意的評価が入り込む余地は少なく、したがって、開示しても、記載の正確さ等に影響を生じないとも考えられる。しかしながら、結局は、評定という主観的評価を経た上で、作成されるものには、変わりはないから、通知書の記載と異なる評定を受けた場合等においては、調査書を作成する教諭らに対し、前記の苦情等が述べられる可能性があり、この可能性がある限り、ありのままの記載をためらうおそれがあるというべきである。

(四) 右のとおりであるから、学習合計は、本件条例六条一項五号にいう「公開することにより行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかである」行政情報であるといわざるを得ない。

3  本件行政情報二のうち、ABC領域の分類について

(一) 平成六年度における埼玉県公立高等学校の入学者選抜制度が次のとおり行われたことは、当事者間に争いがない。

(1) 各高等学校は、学力検査の合計と学習の評定の合計(調査書の「各教科の学習の記録」の評定の合計点)の相関図表を作成する。そして、学力検査の合計及び学習の評定の合計について、それぞれ上位からほぼ同人数の順位で、A領域に属する者の数が合格予定者数の六〇ないし八〇パーセントになるようにA線、A′線を引き、これをA領域とし、学力検査の合計及び学習の評定の合計について、それぞれ合格予定者数に相当する順位の者の点数(合線)より一〇点以上下位に、各高等学の実情に応じて、C線、C′線を引き、これをC領域とし(ただし、実受検者数が合格予定者数の一・五倍を超える場合には、五点以上下位とすることができる。)、A領域及びC領域に属さない領域をB領域として、ABC領域を設定する。各高等学校は、ABC領域を、選抜要領の範囲内で、自校の教育方針や学科等の特色に応じた選抜が実現できるように設定する。

(2) 次に、各高等学校は、次のとおり第一次選考を行う。

(ア) A領域に属する者については、調査書の記載内容に特に問題がない者は入学許可候補者とされ、その他の者は第二次選考の対象者とされる。

(イ) C領域に属する者については、学力検査を実施しない教科の評定(特に優れているものをA、優れているものをB、その他をCとするもの。以下同じ。)、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定、学習の記録の評定及び学力検査の成績の評定において特に優れている点がある者を第二次選考の対象者とすることができ、その他の者は不合格者とされる。

(ウ) B領域に属する者は第二次選考の対象者とされる。

(3) さらに、第二次選考を行う。ここでは、合格予定者数を満たすに必要な人数の五〇ないし一〇〇パーセントを、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定、学習の記録の評定及び学力検査の成績の評定のすべての評定を用いて選考し、入学許可候補者とする。その際、各高等学校の教育方針、各高等学校、学科等の特色に応じて、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定及び行動の記録の評定の扱いに重みをつけて選考することができる。

(4) 第二次選考において、合格予定者数を満たすに必要な人数の一〇〇パーセント未満を入学許可候補者とした学校においては、それ以外の者について、第三次選考を行う。ここでは、選考の対象者について、学力検査を実施しない教科の評定、観点別学習状況の評定、選択教科の学習の記録の評定、特別活動等の記録の評定、行動の記録の評定の一つ又は二つ以上の組み合わせなどを用いて選考し、入学許可候補者とする。

(二) 右のとおり、各高等学校は、入学許可候補者を選抜するに際して、学力検査の結果と中学校長が作成する調査書の各教科の学習の記録の合計(学習合計)に基づいて、合格予定者数の六〇ないし八〇パーセントをA領域、合格予定者数に相当する順位の者の一〇ないし五点以上下位にC領域をそれぞれ設定し、A領域及びC領域に属さない領域をB領域とする相関図表を作成し、右相関図表にしたがってA領域に属する者は、調査書の記載内容に特に問題点がなければ入学許可候補者とし、C領域に属する者は、特に優れている点がある者以外は不合格とするのであるから、原告が本件公開を求めるABC領域は、各高等学校が、選抜要綱にしたがって作成し、入学許可候補者を選抜するための基準となるものである。したがって、これが公開されると、各高等学校の入学許可候補者選抜の基準が明らかとなるし、また、学力検査については、前示のとおり、新聞に掲載される学力検査の解答を基に自己採点をすることが可能であるから、右学力検査の結果がA領域に属する入学志願者が不合格となった場合は、中学校長作成の調査書の学習合計がA領域に達しなかったかあるいは学力検査の結果及び学習合計はいずれもA領域に属していたが調査書に何らかの問題点の記載があったということになり、また、その他の領域に属する入学志願者が不合格となった場合は、調査書の特に優れている点に関する記載がなかったということとなり、そうなると、不合格となった入学志願者本人である生徒及び保護者らから、調査書を作成した中学校長に対し、調査書の記載内容について問い合わせたり、不利益な記載をしたのではないかと疑ったりあるいは説明を求めるという事態を招く可能性があり、ひいては調査書を作成する中学校長がこの事態をおそれて、ありのままに記載しないという事態が起こることが十分予測される。

また、ABC領域は、各高等学校が、選抜要綱の範囲内で、各高等学校の実状に応じて、教育方針や学科等の特色等を考慮しながら入学許可候補者の選抜をするために設定するものであるから、これを公開することにより、新たな学校間のランク付けや序列化を生ずるおそれがあることも否定することはできない。

そうすると、ABC領域の分類は、これを公開すれば、教育行政の公正かつ円滑な執行に著しい支障を生ずることが明らかな行政情報であるといわざるを得ない。

原告は、調査書の客観性、公正さを保障するために調査書は公開されるべきであると主張する。

しかしながら、原告が公開を求める本件行政情報二については、公開を求めることができない行政情報に属することは、前示のとおりであるから、その客観性、公正さを保障するために公開されるべきであるとする原告の右主張は、採用することはできない。

4  よって、本件行政情報二に対する非公開決定処分は、何ら違法はないというべきである。

四  結語

以上によれば、本件非公開決定処分は、本件行政情報一については違法であるから、これを取り消すこととし、本件行政情報二については違法ではないから、これに関する本件取消請求を棄却すべきである。

第二  乙事件について

一  違法な本件非公開決定処分による賠償請求について

1  原告は、公文書センター所長のした本件非公開決定処分には、本件行政情報一及び二が、本件条例六条一項五号に該当しないにもかかわらず、右条例の解釈を誤り、これに該当するとされた違法があると主張する。甲事件で判示したとおり、本件行政情報二については、違法な処分ではないから、その前提を欠くが、本件行政情報一は、本件条例六条一項五号に該当する行政情報であるとはいえず、したがって、公文書センター所長が本件行政情報一について非公開とした処分は、違法であるというべきである。

しかしながら、このことは直ちに、右処分を行った公文書センター所長が、右処分をするに際して、国家賠償法に定める故意・過失を有していたことに結びつくものではない。すなわち、公務員は職務上の義務を遵守して執行すべきであるから、事後的な司法判断により、公務員の行った処分が取り消されたとしても、職務上の義務を尽くしている限り、故意・過失の責任を問われることはないものと解すべきである。けだし、公務員は法令に従って行政を執行すべきであるから、与えられた裁量の範囲内で、法令の定めるところに従って職務を執行している場合には、職務上の義務は尽くされていると解すべきである。

2  そこで、本件行政情報一に対する公文書センター所長の非公開処分について、相当かつ合理的な根拠が認められるか否かを検討する。

先に認定したように、遅くとも平成五年一一月二七日の時点では、平成六年度の選抜実施要項及び選抜要領に関する報道がされていたのであるから、生徒及び保護者が、埼玉県の公立高等学校入学者選抜は、学力検査の結果のみによって決せられると誤解するおそれはなかったものと認められるが、他方、平成六年度の選抜実施要項及び選抜要領は、平成五年一一月二七日に初めて毎日新聞や読売新聞などで報道されたこと、右選抜実施要項及び選抜要領によると、第一次選考の手順は平成五年度までの入学者選抜とほぼ同様であるが、第二次選考で調査書のウエイトが増し、受検者の特性を各高等学校ごとに異なる比重で評価して合否判定する点が、大きく異なっていること、埼玉県は、平成七年度の入学者選抜から学力検査の結果を開示するようになったことが認められる。

そうすると、公文書センター所長が本件非公開決定処分をした当時、埼玉県は、学力検査の結果は公開しない方針であったし、これを公開することを前提とした検討あるいは方針決定が行われたという経緯も存しないのであるから、公文書センター所長が、平成六年度の選抜実施要項及び選抜要領が新聞報道等により公開されたとしても、右報道から間もない時期に、原告から公開請求のあった学力検査の結果を開示すると、合否の判定がこれのみでなされると誤解されるおそれがあると判断して、本件非公開決定処分をしたことは、合理的な根拠があると認めることができるから、本件行政情報一に係る部分に対して本件非公開決定処分をしたことについて、公文書センター所長に故意・過失があると認めることはできない。

3  よって、原告の請求原因1に基づく国家賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

二  審査請求人の記載に関する誤った教示による賠償請求について

原告は、〓が提起した四号事件の訴えを、裁判所の指摘により取り下げざるを得なくなったが、これは県教育委員会の間違った本件教示に従って被告を県教育委員会としたためであり、そのために無駄な時間を浪費し、看過できない金銭的あるいは精神的な損害を被ったと主張する。しかしながら、〓が提起した四号事件の訴えの第一回口頭弁論期日は、平成八年四月一五日と指定されたが、県教育委員会が、同月一一日に本件審査請求を棄却する旨の本件裁決をしたため、〓は、同月一八日、同裁判所に法定代理人親権者として原告を太郎(本件原告)とする本件非公開決定処分の取消しを求める本件訴えを提起し(当事者間に争いがない。)、当裁判所は、同年七月一五日に本件訴えの第一回口頭弁論期日を指定して、その審理を開始した(本件一件記録より明らかである。)のであるから、〓が本件教示に基づいて原告の当事者適格を誤った四号事件を提起し、その後、これを取り下げざるを得なくなったとしても、これにより本件訴えの提起や裁判所における審理が遅延したことを認めることはできないので、原告の右主張は、理由がない。

仮に、〓が、県教育委員会の誤った本件教示により四号事件の訴えを提起し、裁判所の指摘に従って四号事件の訴えを取り下げざるを得なくなったことにより、相当の金銭的あるいは精神的な損害を被ったとしても、〓本入が直接かかる損害の賠償を求めることができる以上、これと並んで、原告に右損害賠償請求権を認める必要はないし、本件一件記録によっても、原告に固有の慰謝料請求権を認めるべき特段の事情は存しないから、原告の右慰謝料請求は、理由がない。

三  審査手続の違法な遅延による賠償請求について

1  前記当事者間に争いのない事実及び本件証拠(事実認定中に掲記されているもののほか、〔証拠略〕)によると、次の事実が認められる。

(一) 県教育委員会は、平成六年五月二六日、〓から提出された第一審査請求書を受理したが、行政不服審査法一五条一項に定める必要的記載事項の記載が逸脱し、非公開文書の表示に誤りがあったため、その補正を求めた。

(二) 県教育委員会は、平成六年六月一三日、右補正をした平成六年五月二〇日付け第二審査請求書を受理し、同年六月二八日、〓に対し、右審査請求書を受理した旨の通知書を送付し、また、公文書センター所長に対しても、第二審査請求書の副本を送付するとともに、同年七月二九日までに弁明書を提出するように通知し、同月一四日に開催された第一二二四回定例会において、本件審査請求がされたことを報告した(〔証拠略〕)。

(三) 市川指導主事は、公文書センターから第二審査請求書における審査請求人の表示の記載では、本件審査請求人が原告であるか原告の法定代理人である〓であるかはっきりしないので、審査請求の宛名人を誰とすればよいのかという問い合わせがあったことから、同年七月上旬ころ、〓に対して本件教示をした。

(四) 県教育委員会は、平成六年七月一九日、〓から本件教示に基づいて審査請求人の表示を書き直した第三審査請求書及び戸籍謄本、委任状(〔証拠略〕)の提出を受けたので、平成六年六月二八日、これを受理した旨の「審査請求書について(通知)」と題する書面(〔証拠略〕)を送付するとともに、公文書センター所長に対しても、審査請求人の高島〓から、県教育委員会に対し審査請求が提起されたとして、行政不服審査法二二条一項に基づいて審査請求書(第三審査請求書)の副本を送付するとともに、弁明したいことがある場合には、同年七月二九日までに弁明書を提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(五) 公文書センター所長は、平成六年八月一日、県教育委員会に対し、弁明書(〔証拠略〕)を提出し、本件審査請求の棄却を求めた。県教育委員会は、同月二六日、〓に右弁明書の副本を送付するとともに、これに対する反論がある場合は、これを同年九月三〇日までに提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(六) 〓は、平成六年九月二七日、県教育委員会に対し、同月二一日付け反論書(〔証拠略〕)を提出したので、県教育委員会は、同月二九日、公文書センター所長に右反論書の副本を送付するとともに、これに対する弁明がある場合は、同年一一月一一日までに弁明書を提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(七) 公文書センター所長は、平成六年一一月一五日、県教育委員会に対し、右同日付け再弁明書(〔証拠略〕)を提出したので、県教育委員会は、同年一二月一二日、〓に対し、右再弁明書の副本を送付するとともに、これに対する再反論をする必要があるときは、平成七年一月三一日までにこれを提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(八) 〓は、平成七年一月二四日、県教育委員会に対し、同月二三日付け再反論書(〔証拠略〕)を提出したので、県教育委員会は、同年二月一六日、公文書センター所長に対し、右再反論書の副本を送付するとともに、弁明の必要がある場合は、同年三月一七日までに再弁明書を提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(九) 公文書センター所長は、平成七年三月一七日、県教育委員会に対し、同月一六日付け再弁明書(〔証拠略〕)を提出したので、県教育委員会は、同年四月三日、再弁明書の副本を送付するとともに、これに、対する再反論がある場合は、同年五月八日までに提出することを求めた(〔証拠略〕)。

(一〇) 〓は、平成七年六月二二日、県教育委員会に対し、「平成六年五月二〇日付をもって提起した行政情報公開処分にかかる審査請求に関し、処分庁と審査請求人双方の弁明・反論の終結以来、既に一か月以上経過している、審査請求以前においても長野県上田市等いくつかの市教育委員会は、内申書の一部開示を認めており、また、本件審査請求提起以降、内申書の開示の流れは更に進んでおり、神奈川県逗子市、川崎市の各市教育委員会、福岡県及び神奈川県教育委員会は、所見欄を含めた全面開示に踏み切っている。このような流れを踏まえ、速やかに、請求の趣旨に沿った裁決をお願いする。」旨を記載した平成七年六月二二日付け上申書(〔証拠略〕)を提出した。

(一一) 県教育委員会は、平成七年一月ころから本件審査請求に対する検討を開始したが、前示のとおり平成八年三月一一日〓から四号事件の訴えが提起されたため、本件審査請求に関する裁決を行うこととし、平成八年三月二六日開催された第一二六九回定例会に本件審査請求事案の裁決に関する議案を提出し、松本指導第二課長から、本件審査にかかる当事者、審査請求年月日、審査請求にかかる処分、審査請求の趣旨及び理由、審査の経過、裁決案の概要についての説明があり、協議の結果、本件審査請求を棄却するとの事務局案が了承された(〔証拠略〕)。

(一二) 県教育委員会は、平成八年四月一一日開催された第一二七〇回定例会に本件審査請求事案の裁決に関する議案を提出し、松本参事兼指導第二課長から、本件審査請求にかかる当事者、審査請求年月日、対象文書、審査請求の趣旨並びに「本件審査請求を棄却する旨の裁決をする。」という内容の裁決文の主文及び理由について説明がされ、審議の結果、全出席委員異議なく右原案どおり可決し(〔証拠略〕>、〓に対して、右同日、本件裁決書を送付した(〔証拠略〕)。

2  ところで、審査庁は、審査請求に対する裁決を相当期間内に行うべきであり、これが不当に長期にわたって裁決がされない場合には、早期の裁決を期待していた審査請求人が、いたずらに不安感、焦燥感を感じ、そのために内心の静謐を害され、精神的な苦痛を抱くに至ることもあり得るから、審査庁としては、相当の期間内に裁決をすべきである。

原告は、平成六年五月二〇日県教育委員会に対し、本件非公開決定処分に対する本件審査請求を提起したが、県教育委員会は、平成八年四月一一日に至ってようやく本件裁決をしたものであり、この間、約二年の歳月を要しており、このように本件裁決が遅延したのは、県教育委員会が、本件審査請求に対する公文書センター所長の弁明書の提出や〓に対する右弁明書等の送付等の手続が遅延しているにもかかわらず、何ら適切な対応をしなかったものであり、また、早期の裁決を希望する旨の上申書を提出してからも、本件裁決に至る約九か月間何らの措置をしなかったことが原因であり、違法な不作為であると主張する。

前記認定したとおり、原告が平成六年五月二〇日提出した第一審査請求書には、行政不服審査法所定の記載事項の逸脱や表記上の過誤あるいは明確を欠く点があったため、県教育委員会は、〓に対してその補正を求め、右補正した第三審査請求書を適正な審査請求書として受理した後、行政不服審査法に基づいて処分庁の弁明及び審査請求人の反論を求めたものであり、この間、公文書センター所長からの弁明書の提出が三日、再弁明書の提出が四日、それぞれ県教育委員会の定めた期限より遅延したことが認められるが、右遅延の期間はいずれも比較的短期間で、長期にわたって続いたと解することはできないし、また、〓から提出された反論書に対する弁明を公文書センター内の所轄部局内において検討する手続、期間等を考慮すると、右遅延が違法であると認めることはできない。加えて、県教育委員会が、公文書ヤンター所長から弁明書等の提出がされた後、これを直ちに送付しないとしても、県教育委員会における受理手続あるいは右弁明書に対する審査等を経る必要があり、これらの手続をまって送達をするのは当然であるから、本件において、県教育委員会の〓に対する右弁明書等の送付手続が、客観的に必要とされる期間に比していたずらに遅延したと認めることはできない。したがって、これらが本件審査請求に対する裁決の遅延の原因となったと認めることはできないので、原告の右主張は、理由がない。

ところで、県教育委員会は、前記のとおり、原告からの本件審査請求の申立てに対し、原告に対し補正を求める等した後、これを受理し、公文書センター所長に対し弁明書の提出を、また、原告に対し反論書の提出をそれぞれ求め、平成七年四月三日、〓に対して公文書センター所長から提出された再々弁明書に対する再々反論書を同年五月八日までに提出することを求めたが、〓は、公文書センター所長から提出された再々弁明書に対する再々反論書を提出せず、かえって、同年六月二二日、速やかに裁決をすることを求める旨の上申書(〔証拠略〕)を提出したのであるから、県教育委員会は、本件非公開決定処分に関する審査請求人の主張及び処分庁の反論は十分に尽くされたとして、本件審査請求に対する裁決をすることができる状況となったのであるから、県教育委員会は、速やかに本件審査請求に対する裁決をすべきであったというべきである。しかるに、県教育委員会は、本件審査請求に関する審査請求人の主張及び処分庁である公文書センター所長の反論等の提出が終了したと認められる右同日から約九か月を経過した平成八年三月二六日開催の第一二六九回定例会になってようやく本件審査請求の裁決に開する議案を提出し、同年四月一一日開催の第一二七〇回定例会において本件審査請求を棄却するとの本件裁決をしたのであるが、平成七年一月ころから本件審査請求に対する検討を開始したが、〓が平成八年三月一一日浦和地方裁判所に四号事件の訴えを提起したことが、本件審査請求に対する裁決をするきっかけとなったというのであり、〓から提出された速やかに裁決をしてほしいとの前記上申書が提出されたにもかかわらず、県教育委員会は、本件裁決に至るまで、実質的な審議を行うことなく、四号事件の提起を契機として裁決をするに至ったというのであるから、本件裁決は、本件審査請求を審査し、裁決をするために手続上客観的に必要と認められる期間内に行われたと認めることは困難であるといわざるを得ず、本件審査請求に関する審査手続きが、右期間に比して長期にわたって遅延していると認められる。したがって、県教育委員会が、約九か月間本件審査請求に対する裁決をしなかったのは、違法である。

この点、被告は、入学試験の改革を行ったことから、学力検査の得点の開示の請求件数や当該請求が教育現場に及ぼす影響を把握し、検討する必要があったため、平成八年四月上旬まで本件審査請求に対する裁決を待つ必要があり、また、調査書や指導要録の開示などが全国的に進む状況の中で、他県の動向を把握したり、情報収集を図る必要があった等と主張し、証人長戸康孝は、県教育委員会は、平成七年一月ころから本件裁決について検討を開始し、〓から上申書が提出されたことから、原告が裁決を急いでいることを要望していることが分かったので、裁決すべき段階に入ったと考えたが、入試改革を行った埼玉県としてはその影響を見極める必要があったこと等から慎重に時間をかけて検討をし、平成八年三月ころに検討を終了した旨を供述する。しかしながら、本件裁決は、前記説示のとおり、県教育委員会は、〓から不作為の違法確認を求める四号事件が提起されたことをきっかけとして本件裁決をすることとなったというのであり、しかも、県教育委員会は、本件裁決を行うに際して、本件審査請求に対する審査請求人の主張及び処分庁である公文書センター所長の反論を基礎として本件審査請求の可否を判断しており(〔証拠略〕参照)、また、第一二六九回定例会及び第一二七〇回定例会においても、本件裁決に関する議案については、本件審査請求にかかる当事者、審査請求年月日、審査請求にかかる処分、審査請求の趣旨及び理由、審査の経過、裁決案の概要等についての説明が行われたこと等にかんがみると、県教育委員会が、その主張をするように、埼玉県が入試制度を改革したことから、原告からの本件行政情報の開示に関する請求件数を把握し、教育現場に及ぼす影響等について具体的に検討するとともに、右行政情報の開示に関する他県の動向や情報収集を図る等していたとしても、本件裁決の審議に当たっては、これらの収集した情報やその検討結果に基づいて本件審査請求の可否を判断し、裁決の原案を作成、提出し、その審議を行い、本件裁決をしたと認めることはできない。そうすると、被告埼玉県の右主張は、いずれも本件審査請求に対する裁決を平成八年四月一一日に行ったことを相当とすべき合理的な理由となるものではないし、また、被告埼玉県は、この間、本件審査請求の審査の遅延を解消し、あるいはこれを回避するに必要な措置を講じたという事実を認めることもできないので、被告埼玉県の右主張は、採用しない。

本件審査請求は、前記説示のとおり、〓が原告の法定代理入として行ったのであるから、本件審査請求に対する裁決が違法に遅延したとして、慰謝料の請求を求める前記主張は、理由がある。

四  実質的審議を怠ったことによる賠償請求について

原告は、県教育委員会は、本件審査請求の裁決をするに当たっては、十分な審理をすることなく県教育局の作成した裁決書案を追認したにとどまるから、本件審査請求を棄却した本件裁決には重大な違法があると主張する。

前項において認定したとおり、県教育委員会は、平成八年三月二六日開催された第一二六九回定例会において、協議事項として、「行政情報非公開決定処分に係る審査請求事案の裁決について」と題する議案を提出し、その席上、松本指導第二課長から、本件審査請求にかかる当事者、審査請求年月日、審査請求にかかる処分、審査請求の趣旨及び理由、審査の経過、裁決案の概要についての説明があり、協議の結果、本件審査請求を棄却するとの事務局案が了承され、次いで、同年四月一一日開催された第一二七〇回定例会において、「行政情報非公開決定処分に係る審査請求事案の裁決について」と題する議案を提示し、その席上、松本参事兼指導第二課長から、本件審査請求にかかる当事者、審査請求年月日、対象文書、審査請求の趣旨並びに「本件審査請求を棄却する旨の裁決をする。」という内容の裁決文の主文及び理由について説明がされ、審議の結果、全出席委員異議なく右原案どおり可決された(〔証拠略〕)のであるから、本件審査請求の審議が行われることなく、県教育局の原案がそのまま追認されたと認めることはできない。

したがって、原告の右主張は、その余を判断するまでもなく理由がない。

五  不存在通知による賠償請求について

1  請求原因5(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  原告は、県教育委員会が、原告が本件調査書の公開請求をすることを予測して、その公開請求を妨げる目的で本件調査書を廃棄した上で、本件調査書等について、これが存在しないと通知した本件不存在通知は、違法であると主張する。

〔証拠略〕には本件不存在通知においては、本件調査書等が存在しない旨が、また、〔証拠略〕によれば、埼玉県立川越西高等学校長大熊欽一が、平成六年五月七日付けで、公文書センター所長に送付した文書送付・不存在報告書の中で、本件調査書については、同年三月末に廃棄された旨がそれぞれ記載されていることが認められる。したがって、本件不存在通知は、原告が、公文書センター所長に対し、本件公開請求を行う以前に既に廃棄されていたものであり、公文書センター所長は、埼玉県立川越西高等学校長大熊欽一からの文書送付・不存在報告書に基づいて、本件調査書等は存在しないとの公文書センター所長の検索結果を、請求者である原告に対し、通知したものであり、しかも、本件一件記録によるも、原告からの本件公開請求が行われることを予め予想し、その公開請求を妨げる目的で廃棄したという事実を認めることはできないので、本件不存在通知が、違法であるとする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

六  右のとおりであるから、被告埼玉県の前記違法な行為による原告の精神的苦痛を慰謝するためには、本件の諸般の事情を考慮すると、五万円が相当である。

第三  結語

よって、原告の本件請求は、被告県教育委員会に対し、本件行政情報一の本件非公開決定処分の取消しを求める部分、及び被告埼玉県に対し、国家賠償法一条一項に基づく慰謝料五万円これに対する本訴状送達の日であることが記録上明らかな平成八年六月二二日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これらを認容し、その余の部分は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 小島浩 鈴木雄輔)

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